こんにちわ。今日もどこかをフラフラと旅しております、AJ (nobu)です。
今回はイギリスで出会った画家をご紹介!
その名も、ジョン・オーピーさんです。
絵画は風景画とか風俗画とかが好みなのですが、初めて肖像画に魅了されました
イギリス出身の画家と言えばウィリアム・ターナーが有名だけど、イギリスに行く予定の旅人さんには、ぜひともオーピーの作品も見てもらいたいね。
イギリスへの旅行を考えているあなた、この記事をよめば、あなたの旅も深まること間違いなし!
ジョン・オーピー 解説
まずは、彼の作品を御覧ください!
ちょっと儚げな感じたまらないよね
超・美少年!
もちろん美少年だけを描いているわけではなく他の作品も素晴らしいのですが、何枚か見た感想としては、オーピーの魅力はやっぱり美少年だと思います。(美少女の絵もありました)
時代としては新古典主義が流行っていた18世紀で、リアル路線の絵画はまさしく新古典っぽい感じがしますね。
ちなみにこの美少年のモデルは、ジョン・オーピーの甥っ子のウィリアム・オーピー君だそうですよ。
美術館には、彼の奥さんの絵画も飾ってありましたが、もちろん美人でした。
ジョン・オーピー 略歴
ジョン・オーピー(John Opie)は18世紀後半のイギリス、コーンウォール生まれの画家です。肖像画や歴史画を描き、王立美術院の教授も務めた人物になります。1761年生まれ。
コーンウォールというと、ロンドンの東、田舎の方になるね。
父親は大工の親方で、彼は早くから絵や数学の才能を示しますが、12歳の時に大工の見習いに出されました。しかし地元の医師で風刺画家でもあったジョン・ウォルコットの目に止まり、以来ウォルコットはオーピーを自分家に住まわして教育を施し、肖像画の依頼をとって修行させたそうです。
ということは、本格的に絵の練習を始めたのは12歳を越えてから。中学から始めました、みたいな感じだね。
コーンウォールで肖像画家としての経験を積んだ後、1781年(オーピー青年20歳)にウォルコットとともにロンドンへ出ました。ウォルコットの協力のもと徐々に仕事として肖像画を書いていき、ついには王室の人々からも注文を得ることになりました。
最初の華々しい成功の後、一時期、人気が落ちたそうですが、オーピーは技術を磨き、文学的な題材や歴史画に取り組むようになります。これによって王立美術院での地位を進んでいくようになりました。
その後も肖像画と歴史画に交互にとりくみながら、美術院でも教鞭をふるい46歳の時にこの世をさりました。
美少年が好きだとか、そういう情報は無かったですね
なにを疑っておるんだ
おわりに
今回は、イギリス出身の肖像画家ジョン・オーピーを取り上げました。
日本では、あまり知られていないと思うんですけどどうでしょうか。絵画ガチ勢の方なら知っているのかもしれません。
絵画にわか勢だからね
まぁ、大切なのは興味を持つことだよね。肖像画でこんなに感動したの初めてだったから、是非とも記事にしたかったんだ。
オーピーの作品は、ナショナルギャラリーではなくテート・ブリテンの方にありますので注意してくだいね。テート・ブリテンはターナーの作品も数多く飾ってあるので、オススメですよ。
それでは、次回。
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