【推し画家発掘】話したくなる豆知識画家カルパッチョ【イタリア】

ベネチア:サンマルコ広場と時計台2 Art Time

こんにちわ。今日もどこかをフラフラと旅しております、AJ (nobu)です。

今回は、旅で観賞してお気に入りになった画家を、個人的に少し深掘りしてみるシリーズ

その名も【推し画家発掘】です。

AJ(nobu)
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今回取り上げるのは、ヴィットーレ・カルパッチョ

お察しの方もいるかと思いますが、あの料理のカルパッチョは、彼の好物だったからっカルパッチョという名前になったのだそうです!!(諸説あり)

ということで、今回はそんなカルパッチョさんの深掘り記事です。

美術館への旅行を考えているあなた、この記事をよめば、あなたの旅も深まること間違いなし!

ヴィットーレ・カルパッチョ との出会い

今回ご紹介するカルパッチョさん。

出会いはヴェネチアのアカデミア美術館でした。

もとは、レオナルドダビンチ目当てだったのですが、結局見れずに終わった美術館。

そこで出会ったのがカルパッチョさんでした。

まずは、どんな顔なのか見てみましょう。

画像:絵画:後年に描かれたカルパッチョの肖像画

こちらは、彼が生きていた時代から300年ほど後に描かれた肖像画だそうですが、なんだかとっても優しそうな方ですね。

1465年頃 から1525年頃の画家さんで、ヴェネツィア派のルネサンス画家として有名です。

初期ヴェネツィア派を代表する画家さんだそうです。

そもそもルネサンスの画家にはフィレンツェ派とヴェネツィア派がいたんですね。

フィレンツェ派とヴェネツィア派、そもそもが活動の拠点の違いというのもありますが、タッチの特徴にも違いがあるそうです。

フィレンツェ派はデッサンを重視しリアリティを追及したのに対し、ヴェネツィア派は色彩を研究し官能的な表現に磨きをかけていったのだとか。

ヴィットーレ・カルパッチョ 作品

それでは、作品の方をいくつか見ていきましょう。

カルパッチョさんの作品で有名なのが、聖ウルスラの物語、というキリスト教の聖人のお話を描いた連作だそうです。

イタリア:ベネチア・アカデミア美術館:絵画:ヴィットーレ・カルパッチョ:『巡礼者の到着』

僕がアカデミア美術館で気に入ったこの作品も、そんな聖ウルスラの物語の一幕だそうです。

勝手に思っているんですが、カルパッチョさんの作品はだらっとした表情がいいですよね。

僕はこの作品の、手前でヤンキー座りしている青年の表情で、カルパッチョさんが気に入りました。

画像:絵画:カルパッチョ『聖ウルスラの夢』

こちらも聖ウルスラの物語からの一幕。

ルネサンス初期かつベネチア派ということで、リアリティが売りというわけではないようです。

画像:絵画:カルパッチョ『若い棋士の肖像』

こちらも有名な『若い騎士の肖像』という作品。今はマドリードの美術館にあるそうですが、20世紀になるまで埋もれていた作品だそうです。

意味深に配置された動物たちが見どころだそうですが、中央の若い騎士のなんともいえない表情もいいと思います。

聖ウルスラ伝説とは

さて、そうこう調べていると、興味がわいてくるのが、聖ウルスラってどんな人なの?ということ

カルパッチョさんが熱心に描いていたウルスラさんとは、どんな人なのでしょうか。

画像:聖ウルスラの肖像:絵画

聖ウルスラはドイツのケルン発祥のキリスト教の聖女です。実在したかどうかが、微妙なラインなので20世紀になって聖人暦からは外されているとか。

伝説によると、彼女は七王国時代にイギリスに住んでいたブリトン人の王女で、ブルターニュ王国の王と結婚するため、一万一千人のお付きの処女と共に海を渡りフランスへ行き、そのままヨーロッパで布教の旅に出ることにして、最後は当時フン族が支配していたケルンで彼らの手にかかり殉教したのだとか。

AJ(nobu)
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ちなみに結婚相手はブルターニュ王国建国伝説のコナン・メリアドックというケルトの指導者だったそうですが、こちらも実在したかどうか微妙なラインの人物だそうな。

そもそも、もともとは11人の侍女と共に海を渡ったという伝承が、いつしか1000倍になっていたらしい。

そんな彼女ですが、ルネサンスは大航海時代では結構人気の高い聖女だったらしく、あのコロンブスが名付けたイギリス領ヴァージン諸島のヴァージンは、彼女に由来するそうです。

また、ケルンの紋章には11個の炎が描かれており、これも聖ウルスラ由来なんだそうです。

神官さま
神官さま

ややこしいですが、アメリカのヴァージニア州は結婚しなかったイギリス女王エリザベス一1世に由来するそうです。

カルパッチョの真実

そんな彼の名前がついたカルパッチョから豆知識をもうひとつ!

なんと、本国イタリアではカルパッチョは肉料理!!

画像:お肉のカルパッチョ

魚のカルパッチョなんて邪道も邪道だそうです。

これ、ちょっとびっくりな事実ですよね。日本だと、カルパッチョと言えば魚料理ですもの。

日本では、日本のイタリア料理店が日本風にアレンジしたものが広まったからだそうです。

また、最初にカルパッチョさんの好物だからカルパッチョになったと言いましたが、実はカルパッチョ1900年代に生まれた料理らしく、生肉の色彩がルネサンス絵画のようだからカルパッチョになったのだとか。

AJ(nobu)
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こっちの説の方が信憑性高そう。

どちらにせよ、彼の名前が、料理の名前になった事は事実のようです。

おわりに

ということで、今回は気になった画家、ヴィットーレ・カルパッチョを調べてみました。

AJ(nobu)
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なんだか、調べているうちに豆知識がどんどん出てくる画家さんで、調べていて面白かったです。

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