オデッサからキーウに移動!2019年のキーウの様子

ウクライナ:オデッサ発キエフ行きの夜行列車 旅の道しるべ

今回のあらすじ

港町オデッサを満喫したAJ

久しぶりの夜行列車でキーウに向かう

旅日記にはいる前に

刻一刻と変わるウクライナ情勢ですが、先日、日本でのウクライナの首都の呼称がキエフからキーウに変更になりましたね。そういえば海外での英語読みはキーヴだったりキーウでしたね。

オデッサとかチェルノブイリも名前が変わったんですよね。このへんは、なかなか呼びかえるのには慣れが必要な気がしますね。

とりあえず、当ブログではキーウだけは直して書いていこうと思います。

オデッサからキーウに移動

ウクライナ:大きな駅

看板のвокзалは、駅のウクライナ語。こういうのって駅の名前の看板をつけると思うんですけど、ここは”駅”って大きく書いてあるんですね。

ウクライナ語はキリル文字の言語ですね。

вはV、оはO、кはK、зはZ、аはA、лはRと大体一緒です。なので駅はヴォクザール。

オデッサ:窓から見る駅の景色

キーウには夜行列車で向かいます。駅構内で時間を潰して時間を待ちます。

オデッサ:深夜の鉄道駅

真夜中の駅構内。夜行列車で多くの人がキーウに向かいます。

丸一晩乗って、到着。

早朝にキーウにつく頃、老夫婦が窓からドニプロ川(ドニエプル川)を見てました。

なんだか素敵な眺めです。

ウクライナ:オデッサ発キエフ行きの夜行列車

キーウに 到着

ということで、キーウに到着しました。

駅前の様子です。中央奥に煙突が見えるのわかります?

キーウについて驚いたのは、工業施設がわりと町の中にあることでした。

キエフ:駅前の駐車場

町中の移動には路面電車がありました。

東ヨーロッパは路面電車がまだまだ主力で頑張っている国が多いです。

キエフ:夕方の路面電車

こちらは旧市街の様子。

町中に急ごしらえっぽい観覧車があるのもヨーロッパあるあるな気がします。

キエフ:町中の観覧車

こちらは黄金の門とよばれるキーウのランドマーク。

どこが黄金なんだ!?って感じですが、これは再建されたもの。もともとは1037年に建てられたそうですが、13世紀のモンゴル軍の進行によって失われてしまったそうです。

ちなみにムソルグスキー作曲の”展覧会の絵”にでてくる”キエフの大門”は、まさにこの門のことだそうですよ。

キエフ:大きな門

最後は、ナイトウォークからの一枚。謎に大きい建物ってワクワクしますよね。特にコレは旧共産主義国っぽい造形がとっても気に入りました。キエフ:謎の大型建造物

ちなみにキリル文字のPECTOPAHは面白いことに、全部英語にある文字ですね。

PはR、Eはそのまま、CはS、TもOそのまま、PはRで、Aはそのまま、HはNに置き換わります。

つまり、RESTORAN・・・レストラン!

キリル文字もだんだん読めてくると、面白いですね。

とにかく 霧が深い キーウ

そういえば、キーウ滞在中は、あまり天候に恵まれませんでした。

ただ曇っているだけじゃなくて、霧がすごい。特に早朝は、もう真っ白で10m先も見えないような感じでした。

キエフ:霧の巨大建築

車を運転するのは怖いでしょうね・・・

でも、見ている分には幻想的で素敵です。体はびちゃびちゃになりますが・・・

霧の中に光る車の光

キエフ、というかウクライナはとっても敬虔な国だな、と感じることも多かったです。教会には多くの方が参拝してましたし、戦没者や被害者の追悼碑が多くあり、どれもきちんと整備されていました。

キエフの戦没者慰霊塔

こちらは、真夜中の戦没慰霊碑。

キエフ:深夜の慰霊塔

写真は2019年のものですが、2022年の今になって見返してみると、色々と感じるものがあります。

おわりに

ということで、無事にキーウにたどり着きました。

次回はキーウ市内観光の様子(2019)です。

つづく⇨

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